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マニラE通信1号
5月31日


  日本では、好きなことを仕事にする、自分だけの仕事をつくる、といった考え方がこれまで以上に注目されています。それに比べると、ここフィリピンではまだまだ経済の立て直しが必要で、産業の発展、雇用機会の拡大、貧困削減と課題が山積していますから、まずは仕事があるだけまし的な状況です。経済成長しつつある産業部門でもIT化や装置化、海外への工場移転などによって、雇用につながらない“雇用なき成長”が憂慮されています。だからといって、自分の好きなこと、得意なことを仕事にする道を閉ざされていいわけはありません。途上国ではそれどころではない、といってしまう前に“後発有利”のような回路を探る―、上流階層以外の普通の人たちがその働き方と生き方、ワークスタイルとライフスタイルが重なるような仕事にどのように就いているのか、あるいは壁があるのか、まずは現実を見させてもらうことにしました。



 

首都マニラの高級地のシンボル、マカティは高層ビルが立ち並びビジネス街、
ショッピングモール、住宅街が広がる。デパートは曜日を問わず混んでいるが、
庶民にとっては涼を求める格好の場だ。

  今号からしばらく、フィリピンで仕事をする人たちへのインタビューを紹介していきます。インタビューといっても、どのような人たちに、仕事の何を聞いたらいいのか―。わたし自身の行動半径も限られていますし、コトバの壁もあります。そこで、簡単な質問用紙を作成し、まずは周囲にいる身近な人たちをつかまえて、協力してもらいました。
  10ほどの質問内容は基本的な事がらで、差障りのない範囲で収入や支出、経験年数や就業時間、そして仕事への満足度と子どもがいる場合、どんな仕事をさせたいか、などです。ここに掲載するのはご本人の協力と掲載の承諾を得られたものです。

「ボスがいないのがいい〜トライシクル・ドライバー」

 乗合ジプニーと並んでフィリピンの国民的交通手段といえば、トライシクル。小さな屋根のあるサイドカー付きオートバイです。そしてそのドライバーといえば、ジプニーのドライバー同様、男たちの代表的な仕事として定着し、女性には非伝統的業種となっています。
 
なにしろ路上が職場。常夏の国とはいえ、雨風は突然襲ってきますし、早朝深夜などは決して安全とはいえません。男性もさることながら、女性にはもっとやりにくい仕事かな、と思いつつ、「女性ドライバーはいないのかしら」、の一言にマニラから50?ほど郊外のブラカン県にいる友人が、「わたしは利用しているわよ。」さっそく、会いにそして乗りに出かけました。
 
サンタ・ディゾンさん(42)は、水田作業の手伝いから転職して、この仕事に満足している何よりものワケは「もうボスがいないから。」でした。彼女の1日はこうです。姉家族と同居していますが、仕事の開始は5時から。日の長い今の時期なら東の空の朝焼けが始まるころです。この国では決して早いとはいえません。出張などで早朝4時集合などというのもありましたから。
 
トライシクルは小回りが効いて、ドア・ツー・ドアが便利です。自宅からマニラ首都圏行きのバス停まで、ジプニーの発着所までという乗り方で、地域差はありますが1区間15ペソ(1ペソ≒2円)。1人でも2人でも同額ですから、乗合でなんとか安くしたいのが利用者心理です。が、定員は3名、マニラなら2名までですが、サイドカーのふくれ具合からみると、そんなものではすまないんじゃないかな。地方では10人乗りが可能なように設計されたものもあるそうですが。


  サンタさんの仕事は、こうです。

 自分の仕事―トライシクル・ドライバー

 ・仕事暦―6年

 ・自分が決めている勤務時間―5時〜18時ごろ。なるべく、夜は出車しない。

 ・その代わり、稼働日数―週7日

 ・収入は1日250ペソ、月収にすると約7500*ペソ。ガソリン代、社会保険費用、トライシクル組合への年1回の登録料 などを負担する。
  *国の経済開発庁の衣食住のための最低限必要な年間生活費(貧困ライン)からみると、家族5人の平均世帯では 月収5000ペソが貧困かどうかのボーダーラインになってます。

 ・自分の収入をあてにしている家族―姉家族を含めて6人

 ・仕事への満足―ボスがいないこと。仕事への不満―値切るなど行儀の悪い客、体力の消耗

 ・もし転職するとしたら―やっぱり今の仕事でいい。

 ・もし子どもがいたら、どんな仕事をさせたいか―シングルだからわからない。

 ・この仕事で自分が有利だと思うのは―開業の時点で、それまで貯金していた資金でバイクとサイドカーを購入できたこと。

サンタさんの営業地域は県内カロンピット(人口約8万人)の街。ここには4つのトライシクル組合があり、その中で約400人が登録している一番大きい組合に所属していますが、女性が4人といいますから、まだまだ少数派にはちがいありません。サンタさんと重ねて、わたしには時代の風を受けながら颯爽とたくましくバイクを馳せる女性たちの、ちょっと意地張りなところを勝手に想像するのですが。
 トライシクル。おせじにも決して乗り心地がいいとはいえません。ブルンブルンとバイクのエンジン音が耳元で響き、路面から近い分だけ路上のでこぼこをすべて体感し、前方に整備の悪い車などが走っていればハンカチでマスクをしなければなりません。ビニールシートで覆っても、雨は浸入してきます。なのに、その揺れや向かってくる風、轟音をおもしろがっているのは、たまにしか乗らないわたしのような人が思うこと。街の人たちは玄関横付け、のようなフットワークの良さがなんといっても手軽で便利です。それを仕事にするサンタさんは、自分がボスとなって街の人たちに移動のサービスを提供することが気に入っているようでした。
       

 ここからは、トライシクルの簡単な変遷などを紹介します。
生まれは1962年、ヤマハのバイクディーラーとなったMr.ノルベルトが発明。
というのも、サイドカー付き自転車(ぺディキャブ)が奴隷のような労働として禁止(まだ観光地などでは見られるが)されたのを機に、ヤマハのYGI80CCエンジンを取り付けて、労力軽減のトライシクルを考案したからです。
 これを機にエンジンの売れ行きは急増し、全国に広まり、トライシクル・ドライバーはフィリピン人の仕事として定着していきました。エンジンには、メーカーが実用タイプのオートバイ(排気量100〜150CC)を販売し、販売店やお客さんが側車を購入してバイクに取り付けます。
 現在、国内に200万台(または90万台、この差は無認可営業をどうみるかですが。) 
安価で手軽な乗り物となったトライシクルは、この国の二輪車需要の約7割を占めているという数字もあり、そのために個人需要が伸び悩んでいると指摘するのは、二輪車メーカーです。
  ちなみにトライシクルの地元風発音はトライシケル、と“ケ”を強めるといいようです。


 



発信:おおつかともこ

文・写真も)