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マニラE通信16号

 8月30日

 

国内で医師の仕事を続けたい

 

外科の専門医になって 14 年、ロメル・ロホさん (45 歳 ) は現在、独立した開業医師としてマニラ以外の周辺都市のメディカルセンターなど4ヶ所にオフィスをもっています。
フィリピンでは、臨床的分野ではかなり高い水準を維持しているといわれていますが、そもそも米国とほぼ同様の医療教育、医療制度のもとに発展してきた経緯があるからです。しかし、研究分野や機器・施設の整備などはやはり経済成長の度合いに大きく左右されますので、まだまだ遅れをとっていると言わざるをえないでしょう。
ロホさんは、当初8ヶ所にオフィスを置いて、診察を行っていました。しかし、
患者が多く集まり、病院施設も整っているメディカルセンターなど条件のいい場所に絞って、いまは4ヵ所のオフィスで効率的に仕事をしています。このように医師が自分のオフィスをもち、患者に診察・アドバイスを行うオープン・システム、専門医制といわれる制度、これは日本のように病院に所属する勤務医師や街なかで病院やクリニックを開業する医師などがいるのではなく、メディカルセンターや病院内にオフィスを構えて診察・アドバイスを行い、検査や治療などの必要に応じてその病院の施設や他の専門医を利用するシステムです。

 

ロホさんは健康への意識、医療へのきちんとした教育が不可欠、といいます。医者や病院は金がかかるから、と体の不調を放置して、結果的には治る病気も治らず、高額な治療費に泣くことになるような悪循環を断ち切ることが必要。近年増加している乳がんを予防するための啓発セミナーなどにも積極的に応じています。妻の アンルー さんも医師で産婦人科専門医。

 

仕事時間を平均すると 1 日約 1 0時間。手術になると一昼夜に及ぶこともあれば、オフィスでの数時間の仕事の場合も。収入は、患者さんの数しだい、になりますが、月に約 250,000 〜 300,000 ペソ (1 ペソ≒ 2 円 ) 。 
扶養する家族はひとりっ子の 19 歳の息子だけです。仕事への満足度は当然ながら高く、特に患者さんの病気を治すこと、いつも新しいことへの挑戦などが仕事のやりがいとなっています。
息子にはできれば医療関係の仕事を希望しましたが、親の目からみていまのところ医者と弁護士には向いてないとみています。 「自分のやりたいことが、そのうちわかってくるでしょう」、と見守る姿勢です。
ロホさん自身、医者になることを決心したのは、「祖父が、我が家ではまだ医者になったものはない。」のひと言でした。新しいことに挑戦してみるエネルギーが旺盛だったといえるかもしれません。医学部を志望した 80 年代はちょうどベトナム戦争の後遺症でフィリピンの医師不足が深刻になっていました。というのも、米国の医者が大量に、ベトナム戦線に刈りだされ、米国内では急速な医師不足が生じ、その補充としてフィリピンから多くの医者が米国に渡ったそうです。 医師が海外に流出する状況をその当時からからみていて、やはり国内で仕事ができる医師になることを決めました。最近は仕事だけでなく、ボランティア活動にも力を入れて医療知識の普及に努めていますが、乳がんのサバイバーの人たちからは、“プリンス”とよばれて人望を集めています。
もし、この仕事以外に選ぶとしたら・・・、ロホさんは少しだけ考えるふうでしたが、「農業がいいかな、さいわい農地があるし。ほかに特段、技術がないわけですし、 からだにもいいでしょう。」謙虚で健康的な答えが返ってきました。

 

最近の新聞記事では、医師それに看護士の海外流出を憂慮するものが目立ちました。この一コマ漫画―医師のオフィスの前に長い行列を作るのは地方の住民たち。入り口のドアには海外出稼ぎ中で、しかも医師でなく看護士として、とわざわざことわった札が。

 

フィリピン保健省の 2000 年統計によると、登録医師数は 9 万 5000 人。ちなみに看護士は 34 万人。いま一番問題になっているのは、医師が看護資格をとって、米国、英国など欧米に職を求めていることです。もしフィリピン国内で医師の仕事をすれば、ロホさんのような成功例は別にして、平均 1 万 6000 〜 4 万ペソ。地方に行けばもっと低い額に甘んじなくてはなりません。しかし、たとえば米国なら、看護士で月額、 3000 〜 4000 ドル、つまり 16 万〜 20 万ペソとなれば、この流れを止めることは相当難しいことになります。しかも、米国だけで 2010 年までに少なくとも 60 万人の看護士不足という試算がでています。英語で引けをとらないフィリピン人としては、日本よりずっと身近な就職市場です。

しかし、ここで当然、ジレンマが生じます。医師にはもっと愛国心が必要であると同省長官は訴えます。すでに医師の 3 割以上が海外に流失し、当然ながら国内、特に地方の“無医村化”を止められない状態。少なくとも、国立大学で学んだ医学生は、国内で数年は医療活動に携わるべき、という議論も出ています。
さらに、最近、身辺を包囲する火の粉を振り払うのに専念している大統領の無策にも批判の矛先が向いています。まずは経済再建を最優先に掲げ、医師など高度技術者も含めて、海外就労の促進もいとわない現政権ですが、結局は、その大きなしわ寄せはすべて、より貧しい庶民に向けて加速しています。
そこで、成功した海外組が早期に自国に戻ってくるような仕組みも議論されています。そしてその場合、経済的なインセンティブだけでなく、なにか、フィリピンの人たちの DNA の琴線にふれるような固有の、故郷への愛着といったかなり情緒的なものも必要になってくるかもしれません


 

発信:おおつかともこ

文・写真も)

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