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マニラE通信2号
6月20日

食とアートを味わってほしい〜レストラン経営者

 マニラ郊外にあるアンゴノは芸術家村として知る人ぞ知るところです。その名前にひかれて初めて訪ねたのはちょうど1年ほど前。2度、3度と行くうちに、今回紹介するレストラン経営者、ルスビミン・ボカランさん(57、愛称はベイビー)とも顔見知りになりました。
 
本題に入る前になぜ、その地域が芸術家村と呼ばれるのかを、簡単に紹介しましょう。まず、ここには美術館などが4つもあります。国民的画家として知られるホセ・ブランコ美術館、自宅兼アトリエをギャラリーとして開放しているネミ・ミランダ美術館など。さらに山側の中腹にあるビナンゴナンというところには、なんと紀元前3000年ごろに描かれたといわれるフィリピン最古の芸術、洞窟壁画が残っているのです。切り立つ山の岩面には子どもや妊婦の姿、力を誇示するような男やカエルなど素朴な線描画があちこちに見られます。国立博物館の保護下に置かれて大切に保存されているようですが、なにぶん今では屋外。壁面に木の根や枝が垂れ下がり、見学路との仕切りの柵も所々、倒壊しているのをみると、壁画を透明な保護板などで覆ったほうがいいのではないか。少々心配になりますが・・・。
 
この壁画の発見者がホセ・ブランコの師である芸術家、カルロス・ボトン・フランシスコ。
 
“アンゴノの詩人”とも呼ばれた後者のフランシスコは1972年に没するまで30年近く活躍し、洞窟壁画を世に伝えるとともに、アンゴノの人々の暮らしを正確な構図とトロピカルな色彩で数多く描いてきました。
  マニラからほどよい距離を保ちフィリピンで最大の淡水湖であるラグナ湖の湖畔、太古の暮らしの痕跡を残し、昔から漁業が盛んというその土地柄は歴史的にも風土的にも創造的な仕事をする人たちを引き寄せる磁力があったのでしょう。
 
ベイビーさんのレストラン&アートギャラリー「バラウ・バラウ」はこの壁画洞窟に向かう道路の上り口近くにあります。バラウとはタガログ語で発酵の意味です。同語を重ねることで、強調と語呂をよくしています。「わたしも夫も、この土地の出身。彼は生活上、大変苦労をしながら作品を制作してきましたので、わたしはレストランをやりながら、家計を支えてきました。」2年前に亡くなった夫のペルディゴン・ボカランさんは画家で彫刻家。その作品を一堂に集めたギャラリーがレストランに隣接しています。手ごろな値段のフィリピン料理を芸術作品に囲まれた空間で味わうのはなかなか気が利いています。

ベイビーさん(右)と息子のアンドレさん

 食とアートというふたつの創作の場になってきたレストランがベイビーさんの仕事場。数年前、フィリピンの革命記念日にちなんで創作したフルコースメニューが、当時、フードコラムニストとして名を馳せたドリーン・フェルナンデスの賞賛を受けたのも彼女の自慢のひとつ。そして、彼女の感心するところは、当初は自分たち、夫と3人の子ども、のことで精一杯だったと思われるが、そこに留まらずにビジネスマインドのようなものが備わっていて、新しい試みをなんとか事業に結び付けようとしていることです。
  なかでもわたしがなんといってもおもしろい、と感動したのはジュースの三角パックのリサイクル製品(写真)でした。バッグ、帽子、ワインケースなど発想もデザインもアイテムもどれも楽しいものばかり。新し物好きの若者がとびつきそうなグッズです。しかし、商品化となるとその道は厳しそう。今は自分でデザインしたサンプル商品を展示会などに出品し、注文に応じて地域の女性グループに作ってもらっています。「いまは古いミシンが3台あるだけ。もし工業用の高速ミシンが何台か手に入り、まとまった数の注文がこなせれば、女性たちの仕事にもつながるのだけれど。」この部門では伸び悩んでいることは確か。
 
その代わりというか、最近、力を入れているのが、食材会社をスポンサーにつけて近所の主婦対象に行っている料理教室やラグナ湖産の小エビなどを使った発酵食品の開発です。彼女のビジネスマインドは、次のチャンスをねらっているようです。次男アンドレさんが(25)が彼女を支えるまでに成長し、ファミリービジネスの基盤ができたことが、彼女をもっと活動的にしているのかもしれません。 

 時々、街で見かけることもあるジュースパック再利用のエコグッズ。 帽子では40枚、テーブルセンターなら約80枚使用。パッチワーク式につないでいくが、たった2枚の空きパックで小銭入れも。

 そんなベイビーさんのレストラン経営の仕事を10の質問項目にそって、整理すると次のようになりました。

・仕事暦-21年間続いている
1日の仕事時間は16時間
1週間に7日間働く
月平均収入は、3万ペソ。もちろん売り上げ次第で時々、下がることも。
現在の収入には満足している。
自営業で10人を雇用している
3人の子どもを扶養したが、いまはほぼ独立した。
チャリティーワークにお金を使うことも多い。
今の仕事には満足している。ここにいると世界が広がってくる、いろいろなお客さんたとえば、政治家も来ればアーティスト、ビジネスマン、旅行者などが訪ねてきて仕事の話、地域のこと、芸術や料理のことなどを話題にできる。そのなかからアイデアが生まれ、そのいくつかは実行している。
子どもたちに学校へ行く機会を与えたので、あとはそれぞれの選択に任せて・・・
ひとりは写真家に、ひとりはわたしの仕事を継ぎつつある
ほかの仕事をするとしたら、地域の草の根の女性たち、特に仕事がなくて貧しい人たちを助けるような仕事
 
 
最後の質問の返事はやや優等生的な答えのようにも感じるが、やはり地域で20年以上も仕事をしてきた自信と、忙しく仕事をしているのが好き、という彼女の自然な反応なのかもしれません。次には何が発酵してできてくるか、楽しみです。

 














 

発信:おおつかともこ

文・写真も)

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