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マニラE通信22号

 

 

フィリピン暮らしの必須アイテム その2:えいが

7月29日(土)
先週は、なんと1週間に8本(実は9本だったが)の映画をみるというミッションを果たした。ここまで集中して映画を観ることは学生時代以来、なかったことだ。その理由というのは、「シネマラヤ自主映画祭‘06」週間というのがあり、連日、昼夜、出品作品の上映が行われた。その全作品8本を仕事のあと、アフターファイブに全部観ようと、毎晩通って2本ずつの鑑賞となったのだ。

その結果は・・・ そう、かなり腰が痛くなったこと。だが、スクリーンを通していまのフィリピンの素顔がみられたこと、ストーリー(あらすじだけだが)、俳優ともに多いに楽しめたことだった。会場は、フィリピン文化センター、この国では最大の文化会館。

シー・シー・ピー(CCP)として当地ではおなじみのフィリピン文化センター。映画祭
の期間中は、建物正面の壁にロゴである古式の大きな帆船の帆とシネマラヤ
cinemalayaの文字が投影された。“開拓者”のメッセージである。

 

シネコン〜シネマコンプレックス型の映画館が、大規模なショッピングモールには必
ずといっていいほど併設されている。ハリウッド映画が主流で、日本のように字幕を
入れる必要がないためか、いち早く話題の映画などが上映される。ここはマカティの
巨大ショッピング街、グロリエッタ内。海賊、ジャック・スパロウが・・・。料金は80
〜160ペソ(1ペソ約2円)と安い。

 

なぜこの自主映画祭にこだわったかといえば、いわゆるハリウッド映画にもう飽きてしまったと、いうのが正直な動機。そして、1本ずつ見ていくうちにだんだん、はまっていったというわけだ。しかし、最大の難点は予告に反して、英語の字幕がほとんどなかったこと。だから詳細な内容や会話のおもしろさは残念ながら、わたしにはわからなかった。しかし、その難点を超えて楽しめたのも確かだ。
9本目の映画というのは、実は海賊役ジョニー・デップが見たかったので「パイレーツ・オブ・カリブアン」。ハリウッド映画もついでに観ることになった。フィリピンでは、映画は数少ない娯楽の一つであり、とにかく安いので、休日の気分転換にはこういうかなり騒々しい映画も見るはめになる。国産映画は当然ながらタガログ語が主流であり、英語字幕がつかないため、これまで観る機会はほとんどなかった。

この自主映画祭、制作手法やストーリーの新たな試みや新人の発掘などによるフィリピン映画の質の向上をねらって、フィリピン文化センターやフィリピン大学などの共催により昨年から始まったそうだ。作品はいずれもデジタル・フィルムによるもので制作コストを抑えた映画作りで幅広く参加を募った結果、189本の応募があり、その中から最終選考に残ったのが8本だった。その8本とは・・・

半分はミュージカル仕立ての、2組の親子のもつれた関係を取り戻す「幸せはどこに」と都会の寂れたホテルから始まる金を巡る血の争いが最後にこのホテルの1室で終わるという「ロトンド」、この2本。いずれもスラム街が舞台で、その人間模様が大変リアルに描かれていた。「ロトンド」は監督賞に選ばれたが、わたしもこの作品は好きで、構成、映像はうまいなと思った。あらすじは、ホテルの一室でセックスワーカーに支払われるのがタバコの焼けこげのついた1000ペソ札(約2000円)。これが殺人や盗みの中を“回遊”し、再び同じホテルの一室で支払いに使われるというもの。熱演した女優のメリル・ソリアノは薬師丸ひろ子と安室をあわせたようなかわいさとスタイルの良さで、これからが期待されている若手女優のひとりだ。

「ドンソル」はジンベイザメのウオッチングで知られる実在の観光地が舞台。そのガイドと都会から来た乳がん患者の女性(エンジェル・アキノ)とのはかない恋と美しい海の景色が魅力的だった。受賞の最有力候補にあがっていたが、結局、アキノが主演女優賞を獲得した。
同じく、観光地を舞台にしたのは「バタッド」。世界遺産および世界危機遺産で知られる棚田、ライステラスのある地域だ。山岳民族イフガオの14歳の少年が共同体のなかで苦悩しながらもたくましく成長する姿を、きっちり正攻法で描いたものだ。裸足という“旧習”から抜けだそうと少年は苦労して小銭を稼ぎながらやっとニフティのスポーツシューズを手に入れるが、結局は険しい山道や棚田の畦を歩くにはその靴は不要となって脱ぎ捨てることになるのだ。棚田と米作りの暮らしが美しく描かれていた。少年役に主演男優賞、作品には特別賞が贈られた。

「リンゴー」、「ムダラク」、「レッドコーナー」の3本はいずれも心理描写や人間関係が錯綜し、語学の壁があるわたしにとっては、わかりにくかった。だがテーマとなっているのは専業主婦の生き方、離婚の認められないカソリックの国での夫婦の破綻や別居、介護と親子の絆、金銭のトラブル、少女たちの青春等など。国を問わずに共通のテーマではある。
そして、映画祭の最優秀賞を獲得したのは、ロックバンドの挫折と再生を描いた音楽もの「ダティ」。80年代ロック界を一世風靡した実在のバンド、ザ・ドーンの過去と現在を、意外性をついた物語に仕上げた。フィリピン風ロック、“ピノイ・ロック”が十二分に聴ける作品でもあった。

ロックミュージックといっても、わたしには、ようわからん、の世界ではある。が、常に、新しいものの先取りで、数年たてばそのコピーがはびこり、新しさは色あせてくる。そんな激しいサウンド争い、というのは映画からもわかった。その中で、頂点を過ぎたバンドが次を模索するさなか、ボーカルのバンドリーダーが事件に合い、その後遺症で20年間の記憶を喪失する。そのために起きるさまざまなちぐはぐさ、つまり80年代のサウンド時代で記憶が止まってしまったリーダーが主張する音楽と、2006年のいまにいるドラム、ギターの仲間たちが考える現在のものとのズレ。
そこに葛藤がありドラマがある、というわけだ。かつてのこのバンドのリーダーで殺されたテディ・ディアズの亡霊が映画の後半にはずっと登場。主人公にさまざまな語りかけをしながら再生させるのだが、この部分がちょっと長すぎて不自然かな、と思いながら観たわたしだが、最優勝獲得の理由のなかで、ここは長いが効果的で重要であった、と評していた。

80年代のこの国といえば、マルコス政権下の’81年には戒厳令が10年を経て解除されたとはいえ、’83年にベニグノ・アキノ上院議員の暗殺、’86年第1次ピープルパワーによる政変、コラソン・アキノ大統領の誕生、そして’89年マルコス前大統領のハワイでの死去、アキノ大統領による国家非常事態宣言など、激しく政治が動いた時代であった。人々が主役となり民主主義が耀くような時代、日本にいてあのころ、フィリピンの人々がとてもまぶしく、たくましくみえたことを思い出す。“失われた20年”というもうひとつのメッセージを読むことができる作品かもしれない。

 
 
 

 

発信:おおつかともこ

文・写真も)

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