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マニラE通信26号

 11月20日

 

お手伝いさんという仕事

 

インタビュー・シリーズ「仕事」。今回はお手伝いさんです。
この仕事、家政婦あるいは家事補助者、ハウスキーパー、メイド、さらに最近ではスーパーメイド=後述しますが=、ハウスマネジャーなどなど、いろいろな呼び方があるようですが、ここでは一般的な日本語で一番抵抗の少ない感じのする“お手伝いさん”にします。そして住み込みです。ちなみにタガログ語では“カトロン”がやや低く見下す言い方で、“カサムバハイ”はハウスメイドに近いそうです。

単身赴任のわたしには、日常の家事などはたかが知れた量ですから、かつて悩んだこともある仕事と家事を天秤にかけて両立をはかるまでもなく、自力でこなせるものです。しかし、慣れない土地柄、言葉や習慣、ルールの異なる外国で、日常のストレスを少しでも軽減することを考えて、お手伝いさんを雇うことにためらいはありませんでした。

おもな仕事は、日常雑貨のこまごました買い物、たとえばトイレットペーパーや洗剤石けん、などなど。飲み水の注文、切れた電球の取り換え、ドライクリーニングの注文に始まって各部屋の隅々までの掃除、洗濯、アイロンかけ、食器の手入れ、オーブンなどの磨き、花瓶の水の取り換え、植木鉢の水遣り、料理の後片付け、ゴミだし、アリやゴキブリ退治、修繕、マンション管理人との交渉、そして日中の不在時の留守番、遅くなって帰宅してもちゃんと電灯が付いている、といったことをやってくれる人がいることはどんなに助かることではないか。贅沢なことでもあります。

考えてみれば、これって専業主婦のおもな仕事だったかしら・・・。でも食材の買出しと料理のほうは気晴らしも兼ねて自分でやらないと気がすまないのですが。料理は下手な横好きで、もっぱら肴のほうです。

ローナは、1年半ほどわが家で働いていました。しかし、当時、11歳になる長男がクラスメートを殴ったりすることが続いて、学校から呼び出しがかかり、やむなく両親と子どもたちのいる郷里に帰りました。母子家庭、2人の子ども、病気がちで無職の両親という家族環境を少しばかり知っていましたので、自分のムスメと同年齢の彼女が、すでにこんなに苦労を背負っていることに心が痛みました。とはいっても、一時の同情で何かをしても解決するわけではありませんし、ジレンマです。
それから8ヵ月後、ローナからケータイに連絡が入り、マニラに戻ったが仕事がないかしら、といってきました。控えめな言い方でしたが、切羽詰った様子がわかりました。そのときすでに、わたしのところにはデージーというお手伝いさんがいましたので、何とか、日本人の友人たちに協力してもらい、さいわいにも新しく着任してきた日本人家庭のお手伝いさんとなることができました。その後、事情があってその働き口を妹にゆずり、彼女自身はオーストラリア人家庭で働くことになり、現在に至っています。

小さな店をもってビジネスをしてみたい、とローナ

ローナの職歴は、ハイスクール卒業後、販売などの仕事を転々としながら、フィリピン人や日本人家庭で働いたのち、うちに来て、いまはオーストラリア人家庭です。お手伝いさん暦8年。
現在は、週6日勤務、7〜19時まで。日給315Pかける日数分。この日給は昨年のマニラ首都圏企業に定められた最低賃金額。月に25日稼動で7,825ペソ(1ペソ約2.3円)。ただし雇用側が負担するはずの社会保険料(SSS)の月250ペソを負担してもらえないことを不満に思っています。お手伝いさんの場合、口約束か簡単な同意書で済ますことが多く、こういうことがよくおきます。さらに、この最低賃金の適用除外ですが、それが支払われていることは、この国の諸事情から考えると大変ラッキーとしか言いようがありません。この点、外国人家庭の場合は比較的“恵まれて”いて、フィリピン人家庭の場合ですと、月3000ペソ前後と聞きます。
夫と別居して5年、まったく連絡がないそうです。長男は13歳になり、こちらでいうハイスクール1年生、学校でも一時の荒れた様子はなくなり、すっかり落ち着いて、勉強に専念しているそうです。数学、科学が得意で優等生の一人、と彼女は嬉しそうに報告してくれました。どうしても大学に行って、将来、コンピューター技師になりたいという希望にどう応えたらいいのか。「ぜんぜん貯金がないんです・・・、これからの学費をなんとかつくらなければ。」
次男は来年、小学校。大きくなったら、医者になってお母さんを助けてあげる、と言っているそうです。こんな子どもたちの成長の姿が、彼女を強くし、なんとしても働き続けなくてはと振るいたたせているのでしょう。しかし個人の努力だけでは限界があるではありませんか。このような声に、国の政策は真摯に応えているのでしょうか 。残念ながら、ノーとしかいいようがありません。

子どもたちには1日150〜200ペソかかります。学校までのジプニーなど交通費、昼食、おやつ代です。さらに学年が上にいくほど、教材やネットカフェなどでのインターネット代。これに両親も加えて、日々の食費代などなど。わずかな現金収入はすぐに消えていきます。同じような状況ながら親戚などを頼りながら、ささやかな相互扶助で生きつないでいるといっていいでしょう。
子どもたちがきちんとした教育をうけられれば、ちゃんとした仕事に就けるはず。いまは、とにかく少しでも学費のための貯金ができるようにしたい、とローナ。将来は、もしチャンスがあれば小さな店を持って、雑貨品を売ったり、得意な洋裁を生かした仕事をしてみたい、という希望ももっています。

デージーは、お手伝いさん暦、12年です。わたしで5代目の日本人家庭になります。こちらでは外国人の中でも日本人家庭で働けることは条件がいい、と一般的には思われています。きれい好き、あまり怒鳴ったり怒ったりせずに、給料も比較的高いなど扱いがやさしい、日本食を覚えられる・食べられるなどなど。やさしいは甘っちょろいにもつながることもありますが、そこは雇う側の考え方次第ともいえるでしょうか。

 

念願のマイホームを完成させたい、とデージー。

彼女は高校卒業後、郷里で仕事が思うように見つからず、マニラに上京して、この仕事に就きました。当時は、いまより全体にもっと日本人駐在員の多かった時代。一方で、特別な講習や訓練を受けないでも、なんとか見よう見まねでできるのがこの仕事でもあるのか、希望者も多く、それが賃金を低くしたともいわれていました。OJTで経験を積んでいくうちに、ベッドメイキング、アイロンかけそして控えめな立ち振る舞いなど、すっかり“プロ的”になっていきます。
デージーは10人きょうだいの真ん中あたりで、親戚一同含めると大家族。そのメンバーが1年に1度、全員の集まるお盆のようなファミリーデーがあり、そのときは1週間の休暇と往復の飛行機代をわたしのほうで負担することが、最初の条件でした。こんなの初めて。しかし、これまでずっと、この条件で働いてきたというのを聞かされ、日本人の“やさしさ”を実感しながらも受け入れました。

通常は、週6日間、6〜21時までを勤務としています。時間は長いのですが、仕事量は限られていますし、日中、家にいるのは彼女だけです。ただし、休暇などでわが家の滞在者が2人、3人と増えてくると、にわかに忙しくなりますが、そんな場合は特別チップが渡されるのです。食費込みの月額8,000ペソのほかに社会保険料が月500ペソ、クリスマスボーナスとして1か月分。退職金も1か月分となっています。

郷里に自分の家を完成させるのが夢、というデージー。いまはまだ床も壁もコンクリートのまま。キッチンもこれから整えていくところのようです。これまで12年間、せっせと働いて40万ペソで建てた家。隣近所はほとんどが椰子の葉を葺いた竹造りの家が多いといってました。その中で、ひときわ堅牢な家になるのでしょう。「わたしも30台後半、もう若くないし、ひとりだから老後を考えて自分の家を完成させることが何よりもしたいことです。」休日は、教会に行く以外は、決して買い物などには行かない。休みが数日続くときだけ、妹夫婦の所に泊まりに行きます。
今年、相次いで両親を亡くす辛い経験をした彼女。ますます自分の住処をきれいに仕上げることへの思いは強くなっているように見えました。長年、住み込みで働いている彼女にとってのマイホーム、これこそ自分の確かな居場所となり、自分の仕事の証しとなるのでしょう。

この国にはローナやデージーのような女性たちがなんとたくさんいることでしょうか。

国内だけではなく海外、特に中近東と香港にはフィリピン女性のメイドが、合わせて15万〜20万人、それ以上とも言われています。最近ではレバノン情勢の悪化に伴って、お手伝いさんはじめフィリピン人労働者の緊急帰国援助が行われました。3万人入るといわれるフィリピン女性のお手伝いさんたちも、急きょ、帰国する者、近隣国に逃れる者、不法渡航で帰国もままならない者などなど。緊急対策を迫られた大統領府では、お手伝いさん帰国者への支援策として、奨学金を交付し、お手伝い業を再訓練する“スーパーメイド”訓練コースを急きょ、なんとわたしの職場である労働雇用省・職能訓練庁・女性センターにて開設するという指令出したことを聞いたのが8月でした。よりにもよって職能訓練分野の男女間格差是正、ジェンダー平等の拠点とならんとするプロジェクトを推進している最中に。

結果は、レバノン帰国者の数が予定より少なかったこと、3000人と見込まれた研修ニーズのあるはずのお手伝いさん帰国者のうち、10月までに2回実施されて、あわせて修了者が20数人だったこともあって、何と言ったらいいのか。結局、お手伝いさんスキルを向上させる200時間ほどの訓練コースだが、雇用側、派遣会社のほうが、メイドである限り“スーパー賃金”を払うことなどありうるか、などなど議論を巻き起こした一件でした。

お手伝いさんという仕事に、毎日接しながらいろいろ考えさせられることがたくさんあります。 

 

 

発信:おおつかともこ

文・写真も)

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