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マニラE通信8号
12月31日

 

創造的なアートギャラリーに

「ここのアートギャラリーとして、特にお気に入りの画家は、どなたですか?」、とお聞きすると迷いも無く即座に返ってきた返事、「もちろん、フレッド・リオンゴレンですね。」
アートギャラリー主宰者、ノルマ・リオンゴレン (58 歳 ) さんの夫のことです。ちょっと、えこひいきかな、と思いつつも微笑ましく受けとめた彼女の推薦でした。しかし、そのあと、専用の展示室に案内していただき、素人のわたしですが、すっかり気に入ってしまいました。以前にも紹介したアンゴノの芸術村で観た作品やマニラのメトロポリタン美術館などにある作品はどちらかといえば、色彩豊かでそれが特徴かなと漠然とした印象をもっていました。しかし、白いキャンバスに黒で筆太に表現した抽象的な描写。これまで見慣れたのとはまったく違った絵の世界でした。

フレッド・リオンゴレンさんの作品の前で。ノルマさんの着ているワンピースは北部ルソン島の伝統織りのひとつ、イフガオ織りのもの。

 

ニューヨーク通り 111 番地 ( クバオ・マニラ首都圏 ) 、ちょっとおもしろい住所がこのギャラリーの所在地。赤いレンガをはめ込んだ建物は周辺の庶民的な家並みとは少し距離をおいた感じで、しゃれたたずまいでした。 3 階建て、広さ 200 平米ほど。ここが、ノルマさんの仕事場兼住まい。
1978 年からこの仕事を続けています。
1 日の仕事時間は5〜 10 時間、日曜日を除いてギャラリーが開館しているので、週 6 日働くことになります。
収入は平均して月に約 5 万ペソ。この収入には満足しています。
この仕事に満足している点は、創造的な仕事ができることです。いま、力を入れているのが、地方にいる若手作家の発掘です。
ギャラリー経営者として欲をいえば、もっと経営的マネジメントを発揮して、仕事をしたい人たちの働く場、作品を売りたい人たちの発表の場として広がっていくことでしょうか。
3 人の子どもたちは、すでに写真家、映像作家などで活躍している芸術一家。あえていま、子どもたちに望むとしたら、この国がよくなるような仕事をしてほしい、ということです。
とてもいいメッセージでした。
もし転職するとしたら、やってみたいことはエコ・カルチャー・ツアー、つまり地域の歴史や環境保全のためのスタディツアーを企画するような仕事です。

 

ご馳走になったおやつは、バナナ(特大で、あとで計ってみたら1本300 ?もあった)と、ふかしたサトイモ(これにココナッツジャムをつけると、ちょっとえぐみのあるイモの味とぴったり)、レモンバーム・ティ。

 

マニラ首都圏にはアート・ギャラリと称するものは、 50 軒くらいあるそうです。
定期的に展覧会を行っているようなところは、その半分くらい。あとは絵画の販売が中心の商業画廊です。
ノルマさんは一時期、メガモールと呼ばれる巨大ショッピング街に支店を出したことがあります。 90 年代初め、“モールカルチャー”といわれる消費の殿堂に美術品が参入したころです。しかし、テナント料は高いし、お客さんはデパートの商品と同じような感覚で、高いか安いかと品定めしていくのに納得できませんでした。数年でそこを引き上げていまのギャラリーだけにします。
ここでのお客さんはやはり美術品が購入できる層ですから、限られていますが、作品や作家について十分気にいったうえで買ってもらうことができます。買い手が、ここならいい作品を扱っているという信頼を得ることが一番だそうです。
多くは事業家や政治家、医師等それなりに成功した人たちで、高級ブランド物などに消費するより、美術の必要性やその作品の価値がわかり、そこにお金をかける人たちが、徐々に増えてきているといいます。
ギャラリーにはちょっと未整理の陳列品もあるのですが、全体としては伝統の旧家を活かしたような建物自体のおもしろさもあって、居心地のいい空間になっていました。仕事をする人と場がうまくとけ合っているためかもしれません。

 

フィリピン最大のマーケット、バクララン・マーケットの歳の市。買う人より売り手のほうが多いのでは、というくらい露店が並び、競い合っている。似たような雑貨が山と積まれ、いったい何をどこで買ったらいいのか見当も付かないような混雑振りだ。

 

●未曾有の被害をもたらしたこのたびのインドネシア・スマトラ島沖地震と津波では、フィリピン人の犠牲者は 24 人と報道されています。( 12 月 29 日現在)この中には観光で訪れた人のほかに、船員、ミュージシャンなど海外就労の人も含まれています。
雇用労働省の発表によれば、海外就労のフィリピン人は約 800 万人。約 190 カ国で働いています。国内への送金額は年間 81 億ドルにも達し、国家予算の 2 分の 1 を占めるほどです。今回の大津波に対して、政府はいち早く医療チームをタイやインドネシアに派遣する準備に入りました。南アジアのほぼ全域とアフリカまで広がった今回の地震・津波の被害は、国境を越えて働く人々にも大きな犠牲をもたらしています。
働き方と生き方が少しでも重なるような“自分の仕事”を模索する意味で始めたインタビューですが、加えるならば、平和で安全であるという大前提を願わずにはいられません。
では、 2005 年もときどき、 one-apple をのぞいてみてください。

 

 

発信:おおつかともこ

文・写真も)

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