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マニラE通信9号

 1月29日

 

 

教えることが好き

 

マニラに着任して以来、ずっと仲良くしてもらっている友人のひとり、エルビラ・ガランさん( 48 歳)は国立工業大学( TUP )とブラカン州立大学の講師。社会学が専門。 1977 年、国立フィリピン大学(後述参照)の卒業とともに教職に就きました。その後、いま 11 歳になる息子の出産や成長、自分自身の健康状態や同居する両親のことなどを考慮し、フルタイムから非常勤講師へとシフトしました。それでも勤務日数は週 4 日、ブラカンにある自宅から都心までの 1 時間半ほどの通勤時間を入れる常勤と変わらない拘束時間です。

収入は月にして 18,000 P。やはり十分な額ではありません。特にエルビラさんの場合、「わたしはブレッド・ウィナーよ」と言うように、両親、息子そしてお手伝いさんの経費も含めて、“一家の稼ぎ手”です。
教えることが好き、という彼女にとってはいまの仕事への満足度は高いです。教え子たちが次々と社会に出て行き、高校の教師、ビジネスマンなどになっています。自宅によばれるときなどは,たいていそんな教え子がひとり、ふたり参加していて、エルビラさんは働く先輩としても頼もしいモデルになっています。しかし限られた収入と時間のなかでは自分の調査研究も思うように進められないのが一番悩むところです。

エルビラ・ガランさんは、1983年と1999年に日本に留学、 研究員として過ごしたことがあり、日本にも友人が多い。

 

子どもに対しては、自分の能力を生かして興味をもてる仕事であれば何をしてもいいのではないかと考えています。しかし、社会的に貢献できることもしてほしいと望んでいます。
彼女自身、地域でのボランティア活動を惜しみません。貧しくて学校に行けない子を一時、引き取って学校に通わせたり、 14 歳の女の子が望まない妊娠をしたと知って、医者を紹介したり、出資者を募って食品や必要な薬をその都度差し入れていましたので、わたしも寄付をさせてもらいました。その後、生まれた赤ちゃんは養子として知らないところに引き取られましたが。

また、彼女は乳がんサバイバー協会、乳がん体験者ネットワークの役員としても、休日を利用して活動しています。「自分の体験を一人でも多くの人とシェアして、役に立てたいの。」まだまだ、自分の病気を誰にも言えず、夫にも理解してもらえず、苦しんでいる多くの女性が、サバイバーやネットワークの活動によって救われています。

エルビラさんは米国、日本への海外留学の経験があります。それが現在の仕事上のキャリアに大変役立っています。いまの夢はもう一度日本に行き、今度は女性の社会的活動や家族関係などの調査研究をしてみたいことです。その夢が早く実現できるように、微力ながら応援しているところです。

フィリピンの大学
フィリピンにいて強く思うことのひとつに、おしなべて教育熱心、学歴重視ということがあります。しかも大学などの順位が歴然としていて、“UP、ユー・ピー”と呼ばれる国立フィリピン大学が最高峰にあります。いわゆるアーティストである音楽家、演劇人、画家などの分野でもユー・ピー出が多いのです。というか、活躍している人の経歴をみるとそうなるのです。私学教育も大変盛んで、 1645 年創立のセント・トーマス大学は現存する大学ではアジアで最も古いとのこと。そもそもはスペイン植民地時代からエリート養成の教育政策があったそうです。
大学の数は国公立・私立をあわせて 1,479 校( 2003 年)もあり、学生数は 250 万人。そのうち女性 56 %に対し、男性 44 %と女性が優勢です。そういえば昨年のユー・ピー卒業生の総代は女子学生でした。
大学の教員数は全国で合わせて 9 万 4000 人。国公立と私立ではまったく待遇が異なり、給料を含め諸条件のひらきは、 1 対 10 くらいともいわれています。

このように大学など高等教育機関の数は、日本の高等教育機関 ( 各種専門学校は除く ) の 1,280 校を上回るものです。まだまだ日本からの援助、 ODA を必要とし、国民の 3 分の1は 1 日に必要とする栄養カロリーやその他の生活基礎的ニーズを満たされずに、一方で人口の 10 %を占めるいわゆる富裕層の消費割合が全体の 30 %を超えるとの統計があるなかで、このような高い教育ニーズがあることに少々、驚きを感じました。この教育熱は富裕層の子弟だけではないと思われます。職場のスタッフの中には夫も公務員というカップルがいますが、昨年、娘を私立の看護学校に入れたと聞きました。そういえば、夫婦で小さな果物屋を開いている女性も、家計をやり繰りして娘をやはり私立の看護学校に通わせ、卒業したら海外に行かせたいと言っていました。海外就労をしているフィリピン人の家族への送金の主な目的のひとつが学費支援。一家の中の誰かがより高い教育の機会を得られ、海外のより有利な仕事に就けることが、教育のこの大きなニーズを支えているのでしょうか。


このような大学のなかで、将来有望とされる学部は、司法、医療 ( 看護を含む ) 、マスコミの御三家。特に看護学科は入学希望者が激増し、ユー・ピーでは 3 年前の 16 倍にも達する狭き門です。この人気振りを受けて私立の看護学校も乱立気味で、教員などが足りずに質の低下を懸念されるほどです。最近の英字新聞インクワイラー紙によれば、ある国際的調査機関の調査として、フィリピンの大学は今後、量から質への転換が急務であると提言していました。
しかし、大学は出たもののそれに見合う仕事があるかどうかは、まったく別の問題です。教育投資した分を“回収”するには海外就労に向かうほかに途はないのでしょうか。

 


先日、マニラのミュージック・ミュージアムでチャリティコンサートを開いたのは、フィリピンを代表する人気男性歌手、ガリー・バレンシアノ。ユニセフの親善大使でもある彼は、歌手、作曲家、ダンサー、俳優とマルチタレントで、 3 人の子持ち。日本でもよく歌われるフィリピンの社会的ソング「息子よ」を日本語で熱唱しました。コンサートの収益金はスマトラ沖地震・津波の被災地とフィリピン国内で台風、土砂崩れなどで 1800 人を超える死傷者を出したケソン州に寄付されました。

 

 

ルソン島北部、パンガシナ州にある国立公園、ハンドレッド・アイランズの日の出。ここは湾の中に 123 の大小の島々が点在しています。サンゴ礁で覆われ、海水浴、アイランドホッピングが楽しめる穏やかな海はフィリピン人向けリゾート地として人気があります。ほとんど手付かずの景観を維持しながら観光地として生き延びるには海外の観光客に頼るのではなく、州の人口 250 万人の 10 %が観光に来て少なくとも 100 ペソを使っていけば 2,500 万ペソの地元収入が確保できるという試算もあります。

 

 

発信:おおつかともこ

文・写真も)

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