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起業の支援・
仕事の進化の対話編~2

 

今回は、茨城県・牛久市議の須藤京子さん。

さる1月、茨城県女性のつばさ連絡会の海外再研修、
フィリピン・スタディツアーに同行した際、ホテルで同室、帰りの飛行機で隣り合わせのご縁でいろいろおしゃべりしました。そのとき、何かピンとくるものがあって、さっそく牛久市役所議員控え室で、たっぷり対話をしました。

<ボランティア活動で育ったわたし> 

    

大塚 フィリピンの印象はどんなものでしたか。わたしは4年近くいたので少し慣れっこになっているところもあるのですが。

須藤 最初に訪問したスラム街が強烈な印象でした。ショックでしたが、こういうところを作ったのが人間である以上、これを変えるのも人間だと思いました。

大塚 空港から直行でしたからね。マニラで最貧地区といわれるスモーキーマウンテンへ。翌日は隣市のパヤタスのゴミ山とそこで活動するNGO・ソルトでしたよね。マニラにはきれいでおしゃれな所もたくさんあるのですが、街の中心に背中合わせに富と貧がある。

須藤 不公正を変えていく、やはり政治の力が必要で、だけど政治だけでは変えられない。市民の力が発揮できる社会にならなくてはと、考えさせられました。

大塚 政治家の視点ですね。今回の研修では日常的に活動している人たちからと、国の方針、特に男女平等政策などの立案推進機関の人たちと両方の話を聞く機会があったので、複眼的に見れたと思います。ところで3月議会直前のお忙しい時期におじゃましていますが。

須藤 何が忙しいって、つい先日までやっていた寸劇に追われて仕事がたまっちゃったんですよ。

大塚 寸劇ですか?

須藤 社会福祉協議会の大会でわたしたち、寸劇を市民活動としてやっているグループ、「うしく寸劇幸せ隊」といいますが、上演したんです。テーマは認知症です。仲間はみな介護経験者でわたしも現在進行形。だから題材としては身近にあることばかり。わたしはシナリオ作成と演出ですが。

大塚 え~、そうでしたか。おもしろいの?

須藤 おもしろいとは思いますよ。いま社協は認知症を核にした地域づくりをやっているんです。でも講義だけじゃ人は集まらない。そこで寸劇が登場。素人らしさが受けて大好評で、あちこちから声がかかるってわけ、こんな風に言うと社協におこられそうだけど。

大塚 シナリオ書くといってもそう簡単ではないでしょう。

須藤 わたし、元文学少女だったの。いまは読むものといったら仕事の書類ばかりですけどね。

大塚 障がい者のボランティア活動を15年くらい続けていて、それから議員になられた、よく思いきりましたね。

須藤 意を決したその時期は、夫が事情あって退職し、一時期ですが、収入がなかった。その時初めて気がついたんです。あ~わたしは夫の収入が当然あることを前提にこうして好きなことに打ち込んでいられたんだ、と。それまで考えてもみなかったことでした。

大塚 そんなに打ち込んでいたんですか。でも気が付いてよかったですね。

須藤 かなりのめりこんで楽しくてしょうがなかった。子どもって中学生や高校生になると親はけむったがられるでしょ。だから誰かに必要とされるっていうのがうれしかったのかも。わたしって、障がいのある人もない人も、子供でもみな同等というか同じに接してしまう。結構ずけずけ言いあえる関係ができてね、何よりみんなと一緒にいることが楽しかったし、すごくやりがいがあったんです。

大塚 相当、楽天的に活動していたんですね。
そこに突然陰りがでてきた。

須藤 パートで週に数日は仕事もしていましたので、そこでの仕事をもっと増やしてもらおうか、とも考えました。そうなると、ボランティア活動をこれまで通りにはできない、それはどうしても嫌だった。でも、なんとかしなくては。その時、障がい者の方からひと言、須藤さん、議員になるという方法もあるよ、って言われた。最初は、え、なんのことだろうとびっくり。でもこれまでの活動を生かす道かも、というふうに思ったんですね。

大塚 あまりにも唐突だったので、逆にスッと自分の中に入ったんでしょうか。

須藤 でも議員になるといっても、考えて見れば選挙に勝たなくてはどうしようもない。すぐに現実に引き戻されましたが、次の行動では、議員になるためのノウハウを知るセミナーを受講しようとそっちに動いていきました。

大塚 議員になれば活動と仕事、収入が結びつくというシュミレーションがさっとできたところに須藤さんの力があったんだとわたしはみましたが。あと付けはいろいろできますが、それにしても今から6年前だからちょうど50代に入る時の大決心でしたね。

須藤 そのころ地方議員に就職しようという呼びかけで、東京に「若者政治家養成塾」というのがあると聞いてさっそく、応募しました。若くないんですが、といったら、年齢ではなくこころざしが大事と励まされ、まず受講生の資格を得ました。そこで学んだことは「地盤看板カバン無し」で選挙に勝つ方法。本当に実践的なことで、チラシの作り方や人前での話し方、後援会の作り方など非常に具体的で、模擬選挙運動というのもしました。本当に役に立つこういうセミナーって必要ですね。

大塚 須藤さんの場合は姿勢や活動の中身など軸がはっきりしていましたから、意志さえ固まればあとは手法を身につければいいわけでしたよね。

須藤 はい。15年間、ボランティア活動に打ち込んできたので、障がい者やボランティアのつぶやき、声なき声や想いを政治の場に届けるのがわたしの役目、と。ひとつの筋が引けました

<議員という仕事>          

    

大塚 年4回、議員活動報告「ぴよぴよ」を発行して詳細な報告、情報公開をしてますよね。それによると「会計報告」では議員報酬約611万円、政務調査費9万円が収入なんですね。支出では税金、活動経費、須藤さんの後援会「市民による市民のためのまちづくりをすすめる会」への寄付などで約353万円、差し引いた分の約267万円が須藤さんの取り分っていうか、生活給とみていいんですか。

須藤 どういう書き方がいいか考えたのですが、市民の方も気になっているようですから、これ以上でも、これ以下でもない、という意味でも報告しています。こんなことする人わたしだけですが。それに、議員は議会に出るだけが仕事と誤解されることが多いのですが、実際には昼夜を問わず相談事が持ち込まれたり、わたしは福祉専門ですがほかの議案についても採決をする以上は勉強しておかなければならない、情報収集や現場に出向くなど多くの仕事があり、議場に出るのは全体の活動の主要な部分ですが、すべてではありません。それを知ってもらいたいこともあって。なので、わたしはいわゆる議員のパート化には賛成しないのですが。

大塚 牛久市は人口7万9千人、60、61歳層がぽっこりふくらんでいる、しかも毎年人口は微増してますね。

須藤 特異性のある人口構成だと思います。昭和50年代に宅地開発が進み、東京に通勤する30代の若い世帯が転居してきて町が一気に大きくなったみたい。わたしはつくば科学博以降の転入組。いまでは従来からの地の人は2~3割ほどかな。

大塚 22人の議員さんのうち女性は7人、多いですよね。そのメリットはありますか。生活者の発想とか、道路や企業の誘致などの開発志向でなく身近な問題を優先し、福祉などをいろいろな角度から重層的に整備していくなどなど。

須藤 女性の多さは県内トップで、全国的にみても高いでしょう。古いしがらみがない分、女性が選挙に出ることにあまり抵抗がない。ただ党派の人はそこに拘束されますから。

大塚 市の予算は約210億円、須藤さんが議員報告でも指摘しているように、少子高齢で税収が落ち込むことは必至ですよね。

須藤 首都圏のベッドタウンになっていますが、今後の増収をどう確保するか大きな課題です。団塊世代が後期高齢を迎える10数年後を見据えて今からやっておかなくてはならないことがたくさんありますよ。福祉だって縦割でなく地域福祉の観点から地域で、しかも行政だけでなく、市民の力も借りながらきめ細かく取り組む必要があるんです。 

大塚 いま2期目で議員6年。須藤さんのように無党派、市民活動家の方が議員として市政のプロになっていくことは非常に大事なことですよね。この議員報告「ぴよぴよ」は2期目でもまだピヨピヨ?もうコッコになっていいのでは…

須藤 そういう話もあるんですけど。1期目は慣れないことも多くて、また恐れ知らずでもあったせいか、この会報でもかなり旗幟鮮明というか、自分の意見をはっきり出していました。今でももちろん意見はきちんと出すのですが、行政内部の仕組み、事情もわかってくるので、行政は一体、何をしているんだ、みたいな言い方は少なくなってきたかもしれない。

大塚 プロになってきたということでしょ。市役所内では数年で異動があり、職員はひとつの分野のプロになることは難しい。一方で、須藤さんは福祉分野であれば、いろいろ勉強しているし、人のつながりも深いし、情報もあるから職員以上にわかっていると思います。

須藤 ある時、言われたことがありました。市役所の職員みたいな言い方をしないでほしい、と。オンデマンドバスの時だったかな。市民の言い分もわかるけど、実際には規則もあるし、行政内部の縦割もあって、このバス、あっちのバスを融通して使うことは無理だろうな、と思って説明したことへの反応だったんです。市民側からみると、こんなにバスがあるんじゃないか、どうして使えないんだ、と。それをわたしがわかった風に行政内部ではそういうことはだめなのよね、と伝えてしまった。それはよくない、わたしがやることは行政側の言い分を代弁することではない、と気がつきました。

大塚 そして、議員さんは市民の代理人でもなく、市民とまったく同じ目線でもないし。ナビゲーターとか、水先案内人みたいなことをいう人もいますが。

須藤 障がい者のボランティア活動が出発点でしたが、たとえばある個別の問題を相談に来られた場合、その解決に向けてはなるべく本人がしかるべき窓口や相手と交渉なり話し合いをしていく、それに必要な情報提供などをわたしはしていく。そしてその問題を市全体のものとして一般化して解決のための施策やプランを提案していくのがわたしの役目、というようにしています。

大塚  そこがポイントですよね。仕事としてもこれからますますおもしろくなるでしょうし、牛久市は県内でも財政状況がいいようですし、まだ元気がありそうなところですから、そこを舞台に、福祉を得意分野として思い切った改革を提案していってください。須藤さんならできそうな気がする、とても前向きですし、ご自分でもおっしゃるようにくよくよしない、切り替えが早い、というのは政治家向きだと思いました。天職かもしれない。

須藤 議員生活をしていて一番考えることは、当事者が主体となって抱える問題、課題に対応していけるよう応援するのが私の役目であり、そのために必要な施策の実現をしていくことが求められているのだ、と。市民活動では子どもたち向けの福祉体験プログラムを充実させていきたい。障がいのある人は大変だね、かわいそうだね、で終わらないように一人ひとりの個性として認め合うことができるようにね。

大塚 多様な構成員で社会は成り立っているということを、何度でも確認したいですね。今日は、長い時間本当にありがとうございました。   
(終り)